The Burton Blog

マルコ・グリックを偲んで

2021年11月23日、親愛なる友人であり、長きにわたりBurtonライダーとして活躍してきたグリロことマルコ・グリックが、オーストリア・ゼルデンで撮影中の事故により亡くなりました。

スロベニアで生まれたグリロは、14歳でBurtonチームに加入し、最近では最年長ライダーの1人として多方面で活躍していました。26年にわたるキャリアを通じて、数々のタイトルを獲得し、多くのスノーボーダーの記憶に残る映像を残し、若いライダーのメンターとしての役割も果たしてきました。常に高みを目指していたグリロは、まさにパイオニアでした。今では当たり前となっているVlogシリーズやソーシャルコンテンツですが、これらがスタンダードになるずっと前に、従来のコンテストを中心にしたキャリアから早々にシフトしたのです。その後、長男のマックス、そして長女のエマが生まれ、ファミリースノーボードの素晴らしさを発信することに重きを置くようになりました。グリロとパートナーのニーナは、世界中の家族に、子供を育てながらスノーボードを楽しむ方法を教えてくれました。

私たちの想いは、彼のパートナーであるニーナならびに子供たち、そして家族や友人たちと共にあります。

安らかに。
#GriloForever #MGforever

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Photo: Sani

ハシことマーティン・ハースルワンターは、グリロの大親友でした。彼らの友情は、マーケティングマネージャーとライダーという関係から始まりました。グリロをBurtonチームにフックアップしたのがハシであり、コンテストで活躍する姿はもちろん、メディアで注目を集めるグリロを見守り続けてきました。Burtonでの24年間、常にハシはグリロのそばにいました。トリップ先のホテル、長電話、オフィスでの近況報告、そして何より数え切れないほど共にしたチェアリフト……、彼らには24年分の思い出があります。この間、ハシはグリロの人生やキャリアを特等席で見てきたのです。

以下は、グリロとの思い出や友情に対するハシの回想です。みなさんの記憶に残したいグリロの姿が綴られています。

グリロに出会えた喜びを胸に、悲しみと共にこれを綴っています。グリロ、キミがいなくて寂しいよ。どこにいても愛する家族を誇りに思い、生きるための力を与えてほしい。グリロは、子供たちを通して、私たちの心のなかで永遠に生き続けます。私は、決してキミのことを忘れない。

11月22日(月) 9:30
電話が鳴り、発信者にマルコと出ました。いつだって仲間の声を聞くことは嬉しいものですが、それが仕事のメールの返信に追われているときだとなおさらですよね。休憩の口実にもなりますし。電話に出て「グリロ、調子どう?」と尋ねると、彼はおかしなドイツ語で元気であることを知らせてくれました。たわいもない話や近況報告をしたあと、グリロは撮影のためゼルデンに向かっていると言いました。撮影後にオフィスへ立ち寄る予定だったんですが、再びオーストリアはロックダウンになってしまったので、代わりに私の自宅にコーヒーを飲みにくるよう伝え、次に会う約束をしたんです。それから話は契約の更新に及び、グリロが「ハシ、今回で契約書にサインするのは24回目だって知ってた?」と言ってきたんです。数秒の沈黙があり、2人で爆笑しましたよ。「初めての契約は8歳のときだったってことだね。この若さで、俺たちが32歳以上なんて考えられないからね」と、自分たちの年齢と付き合いの長さに驚きつつ、冗談めかして電話を切りました。その後、私は終わりの見えないメールの返信作業に戻ったんです。


11月23日(火) 23:00
いつものように、私は寝る前にベッドで横になり、携帯でニュースをチェックしていました。すると、「ゼルデンで38歳のスノーボーダーが撮影中の事故により死亡」という記事が目に飛び込んできました。グリロがゼルデンにいることは知っていたので、嫌な予感がよぎり、とっさにグリロに電話をしました。鳴っているけど、応答がない……。その後も何度か電話をしましたが、かければかけるほど不安が募っていきました。他の誰かに電話をするには遅過ぎるし、みんなは寝ている時間だろう。その夜、なかなか眠りにつけなかったことは言うまでもありません。


11月24日(水) 8:00
目覚めると、悪夢が現実になっていました。昨日ニュースで見たスノーボーダーは、やはりグリロだったんです。頭が真っ白になりました。すぐに思い浮かんだのは、グリロの家族のことでした。その後、グリロとの思い出がよみがえってきました。

               
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  • Photo: Gabe L'Heureux

    Photo: Gabe L'Heureux

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  • Photo: Gabe L'Heureux

    Photo: Gabe L'Heureux

グリロと知り合ったのは、すでにBurtonライダーとして活躍していた彼の兄、ルカを通してでした。ある日、インスブルックのオフィスに2人がやってきて、そこでグリロがアルペンスノーボードの大会で活躍していることを聞きました。私はグリロを倉庫に連れて行き、「メリークリスマス! これからのシーズンに向けて必要なものを持っていきなよ」と言ったんです。彼はサンタクロースに遭遇したかのような目で私を見ていましたよ。

そこから彼はライダーとして成長し、徐々にBurtonチームのなかでも存在感を見せるようになっていきました。グリロのライダーとしての才能とスキルは、コンテストでの結果が物語っています。彼は4つのジュニアワールドタイトルを獲得し、まさに絶好調でした。何事にも真剣に向き合い、スノーボードへの献身的姿勢と情熱は、他のライダーにも影響を与え、ロールモデルとしての役割も果たしていたんです。

彼の才能は誰しもが認めるものでした。

コンペライダーとしての最盛期にAir & Styleで優勝したとき、コンテストの第一線から退いてVlogの制作に集中したいと言ってきました。最初に聞いたときは、みんなが冗談だと思っていました。しかし前述の通り、いつでも彼は自分自身と真剣に向き合っていました。グリロは時代の最先端を走っており、私たちよりもずっと先を見ていたんです。そして、すぐに私たち全員が間違っていたことを証明してくれました。彼のVlogと『Grilosode』シリーズは世界中で注目を集め、スノーボードコミュニティにおける彼の知名度は劇的に上がりました。いつしか、たくさんのスノーボーダーが新しいエピソードを心待ちにするようになっていたんです。

『Grilosode』の撮影中、グリロは私に電話をしてきて、「話があるんだけどさ。マックスっていう名前のスロベニア人と新しくライダー契約をした?」と聞いてきたんです。少し戸惑いながら、 「契約はしていないけど、なんで? マックスっていう名前のスロベニア人スノーボーダーすら知らないんだけど」と答えると、彼は爆笑したんです。すると、「じゃあ契約書の準備を整えておいて。もうすぐマックスっていう名前の男の子が生まれるから。しかもxが2つのマックスね」と、父親になることを報告してくれました。

               
  • Photo: Dean Blotto Gray

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  • Photo: Brandon Parrish

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  • Photo: Gabe L'Heureux

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  • Photo: Brandon Parrish

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  • Photo: Gabe L'Heureux

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  • Photo: Gabe L'Heureux

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  • Photo: Gabe L'Heureux

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  • Photo: Brandon Parrish

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  • Photo: Gabe L'Heureux

    Photo: Gabe L'Heureux

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  • Photo: Gabe L'Heureux

    Photo: Gabe L'Heureux

マックスの誕生によって、グリロは新たなキャリアを歩み始めました。グリロとパートナーのニーナは家族で世界中を旅し、子育てしながらのスノーボードライフを発信するようになりました。マックスがターンできるようになった頃、長女のエマが生まれました。マックスのときと同じように、2人は子供たちと一緒にスノーボードを楽しんでいましたがが、エマが生まれてから使命感のようなものが強くなったと思います。早くお兄ちゃんに追いつかなくてはいけないというミッションがありましたからね。

グリロの情熱は家族に向けられ、特に家族でスノーボードを楽しむことに向けられました。

グリロはチームライダー以上の存在で、私の親友でした。 たくさんの時間を共有し、2人の間に秘密なんてありませんでした。グリロとトリップへ行くことが決まれば、毎回、忘れられない思い出になるだろうと確信していました。ポジティブな性格、高いモチベーション、絶え間ない笑顔……。グリロがいれば、最悪の状況さえも楽しく思えるほどです。旅先のホテルでグリロと一緒に過ごした時間は、もしかしたら妻と一緒に過ごした時間より長いかもしれません。いつも相部屋でしたし。お互いを尊重しながら、何でも話し合える仲でしたね。

- マーティン・ハシ・ハースルワンター
友人 / Burton Europeチーム&アンバサダーマネージャー

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Photo: Gabe L'Heureux
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Photo: Adam Moran

ここで、世界中にいるグリロの友人たちから寄せられたメッセージをご覧ください。どれも心温まるグリロとの思い出やストーリーです。

グリロとの思い出を語りだしたら、1冊の本が書けるんじゃないかってくらいたくさんのエピソードがあります。グリロは最高におもしろくて、親切で、情熱的で、本当に素晴らしい男です。私たちはスノーボードキャリアの大部分を一緒に過ごし、撮影のために世界中を旅しました。仕事では別々の道を歩むことになりましたが、私たちの友情は変わりませんでしたね。グリロは弟のような存在で、「YAMAHA」のスペルすらわからなかったガキんちょ時代から、同世代で最も尊敬されるスノーボーダーの1人になり、愛情深く家族想いの父親になるまでを見て、彼をとても誇りに思います。グリロは、あらゆる面で私にインスピレーションを与えてくれたんです。

- サニ・アリバビック

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Photo: Dean Blotto Gray

撮影でニュージーランドにいたときのこと。宿泊先でくつろいでいたら、マルコが「ビッグニュースがある」とみんなを集めたんです。何のことか想像もつかず、訳のわからぬまま全員が集まると、マルコは私たちの顔を見て笑顔になりました。そして、人生やキャリア、友達への想いを語り始め、ニーナに恋をするキッカケについても話してくれました。

そして、ニーナが妊娠し、第一子であるマックスの誕生を控えていると教えてくれたんです。それを聞いた私たちクルーはマルコとニーナをお祝いし、みんなで大騒ぎしたことを覚えていますよ。マルコにとって、これ以上ないハッピーな瞬間だったと思います。家庭を築くこと、ニーナとの間に新たな命を授かったこと、そして家族と一緒にスノーボードできることをとても喜んでいました。

マルコとの時間は、いつだって最高でした。彼は本当に穏やかな性格で、素晴らしいスノーボーダーでした。どんなときも全力で、よく冒険や家族について語ってくれました。

先月、スイスのサースフェーで集まったとき、「スマホが登場する前の時代」の話で大盛り上がりし、ディナーの間、その場にいた全員が一切スマホを触ることなく楽しい時間を過ごしました。一緒にいた子供たちに時代遅れの盛り上げテクニックを披露し、マルコは笑いながら、「これが2009年以前の子供たちを楽しませた方法なんだよ!」と言っていました。得意の独特な笑い方で、相変わらず場を和ませていましたね。

- ディーン・ブロット・グレイ

グリロへ。私にとってのあなたは、いつだって大きなインスピレーションであり、メンターだったわ。お兄ちゃんのような存在でもあり、素晴らしい友達でもあった。一緒に過ごした楽しい時間、あなたの笑い声、絶対に忘れないわ!

- アンナ・ガッサー

グリロの存在を近くで感じることができ、本当に私は恵まれていました。グリロは目指すべき存在であり、友達でもありました。思春期の頃は、自然に身をまかせながらも常に全力な彼のスタイルに憧れていました。怖いもの知らずのスピード狂だったので、彼についていくのに必死でしたが、今ではそれも感謝しています。グリロが笑うとまわりもつられて笑い、雪山以外の場所でも楽しい時間を過ごしました。スノーボードのスキルはもちろん、グリロの穏やかでありながらカリスマ性を持った人間性に憧れていたので、ずっと彼のようになりたいと思っていましたね。とても寛大で、愛情を持ってまわりの人たちを気にかけてくれるような人でした。

お互い年齢を重ねるにつれて、彼のキャリアは、プロのライダーからスノーボードのアンバサダー的な役割へとシフトしていきました。スノーボードの発展期であり、SNSが普及し始めたばかりという時期でもあり、当時は前例がなく、グリロは自ら道を切り開いてきたんです。グリロだからこそ成し遂げられたことは、本当に山ほどあります。彼はまた、スノーボードという素晴らしい才能を家族と共有し、愛情深い父親、そして夫でいることのカッコ良さも教えてくれました。

彼は、スノーボードの歴史に名を残すでしょう。彼は、スノーボードと共に成長していく私たちの世代に大きな影響を与えました。そして、美しさや柔軟性、愛をもって変化を受け入れる方法、後世にバトンをつなぐことの大切さも教えてくれました。彼の功績に感謝します。本当に思いやりのある、最高にカッコ良い男でした。あまりにも早くこの世を去ってしまい、とても寂しいですが、今後は、残された家族を継続的に支援する方法を探していきたいと思います。きっとグリロも同じことをしてくれたに違いないですし。グリロ、ありがとう。愛しているよ。

- ジョージ・カーペンター

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Photo: Gabe L'Heureux
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Photo: Gabe L'Heureux

初めてグリロに会ったのは、確か2009年のことでした。ある日、兄のジャスティンがソルトレイクシティの自宅にグリロを連れてきたんです。彼は、Pirates Movie Production『Jolly Roger』の撮影で、サニ・アリバビックとステファン・マウアーと一緒にユタを訪れていたんです。当時、私がグリロについて知っていたことと言えば、『91 Words For Snow』という映像で見たアールベルクでのクレイジーなFS 1080と、アラスカで新しい「YAHAMAHA」(本当はYAMAHA)のスノーモービルを手に入れたということだけでした。驚くほどエネルギッシュで、明るい性格で、彼には人を惹きつけるカリスマ性がありました。私自身も一瞬でグリロの人間性に惹かれましたね。偶然にも、ちょうど私がBurtonで仕事をし始めた頃だったんで、出会ってすぐにトリップへ行くようになりました。

スノーボードのカッコ良さはもちろん、グリロは私が提案したあらゆるアイデアを快く引き受けてくれ、熱心に取組んでくれました。写真であろうと映像であろうと、コンテンツを作ることへの情熱とモチベーションは、フォトグラファーにとって理想そのもので、おかげでたくさんの良いショットを生み出すことができました。撮影のときはもちろん、山だろうがホテルだろうが、いつもグリロはおもしろ話で笑わせてくれました。彼と一緒にいれば、常に楽しい時間を過ごすことができたんです。

グリロとは数え切れないほどのトリップを経験しましたが、一番のお気に入りは、2年前にフランスのアヴォリアズで家族を撮影したときです。それまで何度も一緒に仕事をし、プロフェッショナルなグリロの姿は見てきましたが、家族といるときに見せる表情はまた違い、とても感動したことを覚えています。ニーナ、マックス、エマと接するときのグリロの姿は、決して忘れることはできません。彼にとって、家族と過ごす山での時間は天国であり、何にも代え難いものだったんでしょう。数十年という山で過ごした時間が彼をこの場所へ導き、夢のような瞬間を家族で経験し、それを多くの人へ伝えていくことに喜びを感じていました。スノーボードに注いできた情熱と同じように、グリロは父親になることにも同じだけのパワーを注ぎました。この撮影は、一晩で1mもの雪が降り、青い空に最高のパウダーという素晴らしい1日でした。そして、この素晴らしい1日がグリロと滑った最後の日です。この日の思い出は、これからも大切にしたいと思います。

- ゲイブ・ルルー

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Photo: Adam Moran

グリロがどれほど特別な存在だったか、それをひと言で説明することはできません。彼は、人を惹きつけるカリスマでした。誰でもウェルカムなグリロと一緒にいれば、特別な気分になれ、顎が外れそうになるほど笑わされます。彼は素晴らしい友達でした。長年にわたり、グリロとトリップや撮影、仕事を共にすることができ、私は本当に恵まれていました。一瞬たりとも仕事だけの付き合いだと感じることはなく、ただひたすら楽しい時間を過ごし、たくさん笑った思い出があります。

今週、グリロとのやり取りを見返して、涙と笑顔が同時にこみあげてきました。「今日の雪はどう?」「今夜はどこに出かけようか?」といったやり取りが、いつしか「子供たちは元気?」というものに変わっていました。良い意味で、私もグリロも変わったんですね。グリロがいなくなって、本当に寂しいです。きっと、みなさんも同じ気持ちだと思います。

MGよ、永遠に。

- アダム・モラン

グリロと初めて会ったのは、ボクがまだ幼いときで、彼をはじめ先輩ライダーたちに憧れている頃でした。まだ駆け出しのボクに対しても優しく接してくれ、快く歓迎してくれたことは決して忘れません。そこからグリロとはどんどん仲良くなり、一緒にスノーボードトリップへ行ったり、最高の思い出を作りました。特に記憶に残っているのは、2008年に初めて一緒にアラスカへ行ったときのことと、ドバイの砂丘でライディングをしたときのことですね❤️ グリロと過ごした楽しい時間、エンドレスに続く彼の笑い声、そして彼との友情はボクの宝物です。

- ミッケル・バング

「YAHAMAHA」というワードを思い出すんです。Burtonでトリップするようになった頃、ボクはまだ若くて経験も浅く、未知の国や文化に圧倒されていました。そんななか、グリロは南半球の兄貴になりました。北米やヨーロッパで一緒になることが多かったんですが、特に思い出に残っているのは、2009年から2014年までに行ったニュージーランドとオーストラリアのトリップですね。グリロはあらゆる面でボクを導いてくれ、スノーボードにおけるメンターであり、何より素晴らしい人間でした。シャイな性格だったボクに、自分の殻を破ることを教えてくれました。彼はありのままの自分をさらけ出し、いつでも自分らしさを貫いていました。昔、彼に「25歳になれば、パークジャンプで実験台になる必要はなくなるっていうルールがあるんだよ」と教えられたんです。それを信じてボクは25歳になることを楽しみにしながら実験台を続けてきたんですが、いざ25歳になってみると、そんなルールは存在しないことがわかりました。まったくのウソだったんです(笑)。でも、そんなグリロが大好きです。一緒に過ごした楽しい時間をありがとう。大事なことを教えてくれて、ボクがなりたいと思う父親像を見せてくれて、とても感謝しています。

- マーク・ソラーズ

どんな状況であれ、何でもそつなくこなしてしまうグリロの才能には、本当に驚かされました。コンテスト、撮影、人とのつながり、子育てなど、キャリアや人生のあらゆる場面で、彼は100%全力で取組む姿勢を貫きました。決して諦めないこと、常識に捉われないこと、自分らしさを忘れないこと、そして常に笑顔でいること……、自らがお手本になることで私たちに教えてくれました。世界中のスノーボードファミリーにとって、彼は素晴らしいメンターでした。誰にとっても身近な存在でした。そして、いつも「自分は大切な存在なんだ」と感じさせてくれる人でした。

- ダニー・デービス

今まで出会った人のなかで、グリロほど親しみやすい人は数えるほどしかいません。世界一のスノーボーダーだろうが、社長だろうが、インターンだろうが、肩書きなど関係なく、彼は誰にでも平等に接していました。ウェルカム精神を持ったグリロと一緒にいると、心が落ち着き、いつでも笑顔でいられるので、彼のまわりには常に誰かしらがいました。コンテストからバックカントリー、そしてファミリースノーボードの発信まで、彼ほど多方面からスノーボードに貢献したアスリートは他に思い浮かびません。グリロは、本当に特別な存在です。

- ザック・ニグロ

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Photo: Adam Moran
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Photo: Dean Blotto Gray

グリロと友達だった人は、誰しもが彼との友情を誇りに思っていました。生涯にわたる友情、何があっても味方でいてくれる人の存在を意味していたからです。ボクを含め、彼は多くの人にとってのメンターでした。面倒見が良く、ボクがBurtonライダーになったばかりの頃は特にかわいがってくれたんです。本当に忘れられない思い出ばかりです。グリロは、ボクにとって兄のような存在でした。

彼が最も愛したのは家族です。愛が強過ぎて、ボクもつられるほどでした! 子供たちのために毎日を過ごし、それが大きな喜びをもたらし、家族でスノーボードができることを何より楽しんでいました。それを遠くから見るのが好きでした。いつかグリロキッズと一緒にライディングできる日を楽しみにしています❤️

- マーク・マクモリス

グリロは私の親友であり、インスピレーションであり、そして最高の父親でもありました。数え切れないほどのBurtonトリップを共にし、スノーボードへの愛情を多くの人に伝える姿を何度となく見てきました。グリロはたくさんの情熱をスノーボードに注ぎ、どんな悪天候でもまわりをやる気にさせるパワーの持ち主でした。どんなときでも、グリロがいれば必ず良い1日になるんです。父親でもあるグリロは、自分の子供に対してだけでなく、まわりにいる全ての人にとっても素晴らしいロールモデルでした。グリロの家族はいつも明るく、彼と最高の時間を過ごしていたように思います。ボク自身、グリロとの素晴らしい思い出、そして一緒に過ごした楽しい時間にとても感謝しています。

安らかに、ブラザー❤

- セプル・ラムズバッハー


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Photo: Gabe L'Heureux

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